エピローグ
「まったくよね」
「う、うん・・・」
冒険者六人集めれば迷宮に潜るとは良く言うが、女三人集まれば姦しいものだ。
《闘神 》の酒場で気炎を上げるのは、若い娘が三人。冒険者である。
ひとりは見目麗しいエルフの僧侶で、オールスターズの一員。名をサラと言う。
ひとりは痩身矮躯で体中に包帯を巻いた圃人の司祭。オルレアという名は、まだ知られていない。
そしてもうひとりは頭抜けた背丈の魔法使い。腰に竜殺しの剣を下げた、ベルカナン。
当然、目を引いた。
ベルカナンは精一杯に声を潜め、できる限りに身を縮こまらせた。
叶うなら卓に突っ伏したかったが、それをやると胸が食器を薙ぎ払うので、椅子の上で。
「ま、どーせ・・・適当に活躍して、勝手にいい感じに成長した顔して帰ってくるんでしょうけど」ぶつくさと不平を隠しもせずに頬を膨らませ、オルレアが尖った声を漏らした。
ベルカナンの見る限り、どうにも彼女はララジャに対する当たりが強いように思う。
それを聞く度にベルカナンは「やめなよ」と言いたくなるのだが、どうにも言い出せない。
ただぼそぼそと「僕は、帰ってくるなら、嬉しいけど」とか細い声で反論するばかりだ。
それを見たサラが、どういうわけかニコニコと笑みを深くしているのも、よくわからなかった。
オルレアはちらりとベルカナンを見ると、バツが悪そうに「ふん」と小さく呟いた。
「それで《ダドエルの穴》・・・だっけ? そんな場所に繋がるなんて、ありえるの?」「うん」ベルカナンは、大慌てでこくこくと、大きく頭を揺らして頷いた。
「僕も、その、お婆様から聞いただけ、なんだけどね?」
ベルカナンはぼしょぼしょと言い訳がましく前置きしながらも、どこか嬉しそうに続けた。
知識をひけらかす事を喜んではいけないが、自分の知識が役立つ瞬間とは喜びを招くものだ。
「古いお墓の・・・遺跡の奥が、ね。黄泉の国に繋がっちゃったりとか、あるんだって」「ふぅん・・・」
気のない返事。けれど、言葉と違って興味が無いわけではない一つの視線。
「まあ、異界と繋げて云々なんて、考えてみれば魔法だと珍しくもないのか」「うん」
ララジャの事はさておいて、ベルカナンはオルレアと会話をするのは楽しかった。
なにせ、彼女はとっても賢いのだ。魔法のことでも、なんでも、言葉の投げ合いができる。
それはベルカナンの故郷では、あるいは《スケイル》でだって、そうある事ではなかった。
記憶にあるかぎりは祖母くらいのもので、ベルカナンはおかしな子、頭のおかしいベルカ、だ。
︱︱イアルマス・・・は、いっつも謎掛けみたいな感じだもの・・・。
ララジャは魔法の知識がなく、ガーベイジに至っては、だ。
オールスターズとも頻繁に会って話せるわけではない。
(会えばプロスペローは話してくれるだろうが、ベルカナンは彼にはひどく気後れしてしまう)
閑話休題 。
「伝説の転移呪文や核撃呪文はさておき、《帰還 》も『此処』『其処』の呪文でしょ?」「そーよ。やな事思い出させてくれたわね」
オルレアの言葉にサラがわざとらしく顔をしかめながらも、くすくすと笑った。
「オルレアちゃんも覚えときなさいな。頭に入れといて損は無い呪文なんだから」「使いたくないけどね」
「それはそう」
ベルカナンも「僕もやだなあ」とは思ったが、口には出さず頷くのみに留めた。
いざという時、《帰還》を唱えてくれるのは目の前の彼女たちで、自分ではないのだから。
「それで、《血の結晶》? 何か役に立つと思う?」「ん・・・」水を向けられたベルカナンは、難しい顔をした。「・・・どう、かな。どうだろ・・・」
噂で聞く限りにおいて、《血の結晶》というのは精製の仮定を経なければ、ただの宝石だという。
そしてその精製は錬金力なる特殊能力を持った者にのみ、行う事ができないのだそうだ。
「錬金術っていうのは、学問だから。・・・選ばれた人しか、使えない・・・なら・・・」「それはあたし達の知ってる錬金術じゃない?」
「・・・て事、だと思う。僕は。うん」
「いくつか鑑定してみたけど、あたしから見てもあれ宝石だもんね」
オルレアが「そうそううまい話は無いか」とつまらなさそうに、酒場の椅子に小さな体を預けた。
結局のところ、それは我々にとっては単なる希少な宝石に過ぎない、という事だ。
好事家に高値で売れるだろうとはいえ、安定した供給、一攫千金なら迷宮の財宝が既にある。
《ダドエルの穴》との繋がりが薄れてしまえば、きっと誰からも忘れ去られてしまうだろう。
「でも、良いじゃない」唇を尖らせたオルレアを見て、サラが楽しそうに目を細めて言った。
「セズマールとイアルマスはともかくとして、アイニッキが楽しそうなのは良いことよ」「シスター・アイネ・・・」オルレアが顔をしかめた。「・・・正直、まともな人な気がしないけど」
ベルカナンは奥ゆかしく口を閉ざした。恩人である事は、決してふたりとも否定はしなかった。
「ま、私もカントの教義・・・カドルド神の考えはよくわからないわよ」二大宗派、二つの神々。死と生を司るカドルドに対し、大地の守護を担う偉大な女神。
そんな女神の敬虔なる信徒であるサラは、タック和尚を真似た、威厳ある仕草で口を開く。
「それでもいつか死ぬからといったって、そこまでの生を楽しんじゃいけないって法は無いわ」今日、明日、次の探索。冒険者ならばその生は常に死や灰と隣り合わせだ。
ましてや︱︱ベルカナンもオルレアも、死の淵に沈んだ経験は、ある。
あの冷たさ。その奥底に何が待っていたか。忌避すべきではないのだろうが・・・。
二人は思わず顔を見合わせた。
引き返せない分水嶺を飛び越えた先に安寧があるのだとしても、それまでをどう過ごすか。
勿論おいてけぼりにされた事は怒ってるけど。サラはそう言って、その長耳を揺らした。
「それにおかしいったらおかしい話よね」「・・・何が?」
ベルカナンはおずおずと、その大きな体を縮めて、上目遣いに問うた。
「だって、帰ってくるって思ってなきゃ、こうしておしゃべりして待つなんてできないでしょ?」イアルマス、セズマール、アイニッキ、ガーベイジ、それにララジャ。
その事実を指摘されたベルカナンとオルレアは、各々、それぞれに表情を変えさせた。
ベルカナンは何やらわたわたと慌てて、オルレアは不機嫌そうにむっつりと黙り込んだのだ。
「ま、そろそろ帰ってくるでしょ。そうしたら言いたいこと言って、聞きたいことを聞きなさいな」ほら。サラがそう言って長耳を得意げに揺らし、酒場の入り口へ流し目をくれる。
賑やかな喧騒を越えてて扉の開く音がして、どやどやと踏み込んでくる足音が五つ。
冒険者達が、帰ってきた。